秋月記読了。
(栴檀は双葉より芳し、Read more at location 1432
長韶は癇癖の強い暗君と伝えられ、織部の専横はとどまるところを知らなかった。 春朔の弔問に香江良介が長崎から訪れた。良介は落痂を運んだ後、春朔のもとで医術を学んでいたが、昨年から長崎へ遊学していた。Read more at location 1535
小四郎はきっぱりと答えながら、ふと笑みをもらした。 「なんだ、何がおかしい」 「いや、すっかり交わりを絶っていたかと思ったお主が、ようわたしの頼みを聞いて猷殿を捜してくれたものだ、と思ってな」 「なんだ、そんなことか。お主、昔、緒方春朔殿と原古処殿は秋月の誇りだとよく言っておったではないか」 「ほう、覚えていたのか」 「わしは緒方殿を知らぬが、原殿にはお会いしたことがある。その原殿も先年、亡くなられて秋月の誇りはなくなったか、と思ったが、猷殿はその詩才を受け継ぎ、天下に名をあげているというではないか。だとすれば、猷殿がいまは秋月の誇りであろう。誇りは守らねばならん」 藤蔵がそっぽを向いて言うと、小四郎は頭を下げた。 「ありがたい。江戸生まれのお主がそこまで思ってくれたか。礼を言うぞ」 藤蔵はあわてて帰っていったが、小四郎はいつまでも頭を下げていた。胸には熱いものが込み上げていた。
「ひとは美しい風景を見ると心が落ち着く。なぜなのかわかるか」 「さて、なぜでございますか」 「山は山であることに迷わぬ。雲は雲であることを疑わぬ。ひとだけが、おのれであることを迷い、疑う。それゆえ、風景を見ると心が落ち着くのだ」 余楽斎は織部が眺めている青々とした山並みを見ながら、確かにそうかもしれない、と思った。織部はチラリと余楽斎の顔を見てきっぱりと言った。 「間小四郎、おのれがおのれであることにためらうな。悪人と呼ばれたら、悪人であることを楽しめ。それが、お前の役目なのだ」 余楽斎の胸中に、藩政を陰から動かしていくことの後ろめたさがあることを見抜いていたのだ。 織部は立ち上がると、すべてを忘れたような顔になって屋敷の門をくぐって行った。余楽斎はしばらく頭を下げたままでいた。Read more at location 3819
息をのむチャ
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