rain or shine

新潟在住30代 アルビサポ。 キャンプ、サッカー、酒の肴、kindle、麻雀。 キャンプの楽しみは料理と道具自慢。 サッカー観戦は有無をいわさず主観100%、媚びず見捨てず感情的に。

銀漢の賦読了

督励
伝播
挙措
薫陶
丁寧なあいさつも実は相手を軽んじてのものだったのではないか、と疑ったのだ。
煩悶
怜悧
上意討ち
阿諛
社稷
暗澹
源五は乱暴に言い切った。  小弥太が源五の言葉を受け入れたのは、やはり若かったからだろう。なによりも、千鶴の死にまつわる藩主や夕斎への憤りを源五に語りたかったのだ。  小弥太の家で、濡れた着物を乾かしながら話を聞いた源五はうなずいて、 「いま聞いた話をわしは他人には言わぬ。だから、小弥太も胸の中へしまえ。わしらは鷲巣角兵衛をお前の父の仇として斬る。それだけでよいのだ。武士は恨みで刀を抜くものではない、義によって斬るのだ」  と言った。小弥太の表情にも、やっとふっきれたものが浮かんだ。 「そうか、武士は恨みで刀を抜かぬ、義によって斬るか、源五はよいことを言う」  小弥太がうなずくと、源五はてれたように頭をかいた。  しかし、二人とも角兵衛の腕前にはるかに及ばぬことはわかっていた。斬るというが、実は斬られに行くことになると覚悟を決めていた。  
伺候
英邁の評判
懸想
懸隔
刎頸の交わり
とっさに恩賞のことなど口に出したのは、頼りない暗殺者だと思わせておくためだった。将監暗殺をやりたくなければ、大げさにしくじった振りをすればよいのだ。その時、多聞は源五を口封じのため、処刑や島流しにするより、人目につきにくい古屋敷の番人とすることを選ぶだろう、と思ったのである。 (あてにならん奴と思わせることが生きのびる道だ)  源五は胸の中でつぶやいたが、威張って言えるほどの人生訓でもないことは自分でもわかっていた。それよりも困ったことは、多聞の指令が源五にとって永年、胸中にしまってきた思いを浮かび上がらせることだ。  源五はかつて将監を斬ろうかと思ったことがある。そう思わせたのは、源五がいま持っている十蔵の書き付けだった。
「まあ、そう思うならやってみることだ。わしは邪魔立てはせぬ」  と言った。しかし、将監は身を乗り出して、 「何を言うのだ。邪魔立てせぬのではなく、手伝ってくれ」 「なんだと、わしに脱藩を手伝えというのか」  源五は目を丸くしたが、将監は平気な顔である。 「その通りだ。わしは多聞の手の者に四六時中、見張られておる。手引きする者がなくば、屋敷の外へも出られんのだ」 「馬鹿を申せ、脱藩など手伝えば家禄は没収、わしは切腹せねばならんぞ。いや、それだけではない、津田の嫁となっている娘にまで迷惑がかかる」  源五は大きく首を振った。将監は目をすえて、 「わしは江戸に命を捨てに行くのだ。お主の家禄没収や切腹のことまで心配はしておられん。なんとか自分で切り抜けろ。それにお主の娘ならば、たいそう気の強いしっかり者だというではないか。津田伊織も目端の利く男だ、どのようにでもする才覚ぐらいはあるだろう」 「無茶なことを言う男だ。何のためにわしがそのようなことまでせねばならんのだ」 「永年の友垣ではないか」 「二十年も前に絶縁しておるわ」  源五はあきれたように将監の顔を見た。将監は笑って、 「あれは、お主が勝手に絶縁状を送ってきただけだ。わしは絶縁したとは思っておらん。今日、お主が来なければ、わしの腹は決まらなかった。お主と話していてようやく心を決めたのだ。そのことはお主もわかっておろう。あるいは、わしに腹を決めさせるために会いに来たのではないか」  将監は言い終わると源五を見つめた。源五はうつむいて黙っていたが、やがて、くっくっ、と笑い出した。 「お主とは、つくづく悪縁じゃのう」 「そうか、力を貸してくれるか」 「お主の命、使い切らせてやろう」  源五は落ち着いて言った。最初からそのつもりだったのである。


伊織は源五が言った通り、知恵をめぐらして考え始めた。こんな時の伊織は目つきが鋭くなって、油断ならない悪賢そうな顔になる。  もっとも、たつはそんな悪人めいた顔つきの伊織が好きなので、今は源五への怒りや心配も忘れて、うっとりと伊織を見つめるのだった。
(銀漢とは天の川のことなのだろうが、頭に霜を置き、年齢を重ねた漢も銀漢かもしれんな)  と思っていた。いま慙愧の思いにとらわれている将監は、一人の銀漢ではあるまいか。そして、わしもまた、  ──銀漢  だと源五は思うのだった。
慰藉
何年僵立す両蒼龍    瘦脊盤盤として尚空に倚る    翠浪舞い翻る紅の罷亞    白雲穿ち破る碧き玲瓏    三休亭上工みに月を延き    九折巌前巧みに風を貯う    脚力尽きる時山更に好し    有限を将て無窮を趁うこと莫れ  蘇軾の詩、「玲瓏山に登る」である。
(将監は、もうこの世にいないのか)  源五は不意に寂しさに臓腑をつかまれたような気がした。  すべての親しき人がこの世を去って行き、一人残されていく寂寥は荒野に立ち尽くすような心地だと思う。かつて、妻のさきが死んだ時がそうだった。体の半分がもがれたような気がしたものである。  人は一人で生きているのではない、誰かとともに生きているのだ。源五は詩の最後こそ、将監が言いたかったことなのだろうと思った。 (有限をもって無窮を追うことなかれ。限りある身で永遠を求めることなど愚かなことだ。限りがあるからこそ命は尊いのかもしれん)

銀漢の賦 (文春文庫)

銀漢の賦 (文春文庫)